20代のころに勤めていた会社が、札幌の地下鉄東西線「バスセンター前」駅の近くにありました。
繁華街の「大通」駅まではひと駅なので、会社帰りによく地下コンコースを歩いて大通に行っていました。辞めた後もその会社とは長くつきあいがあったので、やはり地下コンコースはよく通りました。
大通と反対方向に進むと札幌市民ギャラリーへの道筋となり、1993年には札幌ファクトリーもできたので、反対側へもしばしば歩きました。当時その通路の壁面ショーケースには世界各国の人形が飾られていて、それらを見るのが楽しみでした。
そんな馴染みのバスセンター前〜大通の地下コンコースには、いつごろからか壁面を使ってアート作品が展示されるようになり、2011年に駅施設内通路では日本一長い「500m美術館」という名前の常設ギャラリーとなりました。
わざわざ美術館に出向かなくても、移動中に通るだけで気軽にいろいろな作家の作品と出会えるので、ここはわたしのお気に入りの場所です。
さて、先日久しぶりに「バスセンター前」駅に行き、このコンコースを大通方向に歩きました。
500m美術館には、壁面いっぱいにたくさんの木といろいろな動物が描かれていて、賑やかで楽しげです。それが、歩いていくうちにだんだんと風景が冬になり、寒々しくなっていきました。
端までたどり着いてわかりました。これは、大通からバスセンターへ歩くと冬から春へ移り変わる森の季節が楽しめる作品、「Walk in The Forest 森を歩く」なのでした。
この作品に触れて思い出したのは絵巻物です。
絵巻物は日本の絵画形式のひとつで、くるくると巻けるほど長い紙や布に情景や物語などを連続して描いたものです。10世紀から16世紀にたくさん描かれ、「鳥獣人物戯画」「源氏物語絵巻」などが有名です。
横長の画面内では時の経過もひとつながりになっています。視線誘導や吹抜屋台などさまざまな技法が駆使され、現在のマンガに通じるエッセンスがあります。
※「絵巻物から絵草紙そしてマンガへの流れ」という論文が興味深いです。
※絵巻物データベース:横スクロール感が楽しめるものが多いですが、御伽草子的な化け物とエログロが多めです。
「Walk in The Forest 森を歩く」では、目線固定で絵巻物の画面を移動させるのではなく、自分が横スクロールで作品の前を移動します。それはまさに森の中を歩いている感覚です。背丈を超す壁面が500m続くこのギャラリーでしか味わえない作品といえます。
私が逆進して到着したスタート地点には解説パネルがあり、作家は田中マリナさんという方で、一部の絵は公募のワークショップで一般の方々が描いたと記されていました。
3月閉幕の札幌国際芸術祭2024との連携事業ですが、こちらの会期は6月26日までとのこと。まちに雪が残っている今は、冬から始まる「森を歩く」鑑賞に一番いい時期だと思います。
お時間があれば、ぜひお立ち寄りください。大通駅からバスセンター前駅へ歩くと、一足早く春の森を感じることができるはずです。