たまには、時間をゆっくりと進めたい。

 冬の空気を感じながら歩いていると、匂いに誘われるようにふと立ち寄りたくなる店に出会うことがある。店構えに溶け込むように店に立つ人の姿から、何かに出会える予感が生まれる。

 Works-M ニュースレターVol.137、今号も是非ご一読ください。 

News.1

 

巻末連載

 

不定期連載 第9回   

ことばしょからだもの 

 

 なにかにつけて、こだわりのある「ヒト」「バショ」「コト」「モノ」。

 ホールやギャラリーなどにまつわるアートの話題から、本や音楽、カフェ、美味しいものなど。時には、公園に咲く小さな花の話題まで。気になるものを見つけながら、好きなことを増やしてく。

 「ことばしょからだもの」今号は掌編よみものを。

 

 

 

 

 

 画面の中から私に呼びかけてくる人がいる。私は指先でキーに触れる。私が触れる事が出来るのは画面の中の相手ではなくて、ただのキーでしかない。だから私には本当に相手が存在しているのかどうかが分からないのだ。  

 

 結局はそういう事だ。

*

 「動物的である事を回避するとか、もしくはそれに対して否定的な行動をとるという事は、ある意味では人間にとって絶望的な現象と言えるのかも知れないな。」

 ケンイチは左手の爪の甘皮をシャープペンの先で引っ掻きながら言う。

 「そもそも人間にとってコモンセンスとしての<繋がり>という概念が多様化しているのだから、動物的である事に対しての拒否反応を起こしてしまうのも、仕方のない事のように僕には思えるけど。」

 そう言ってケンイチはシャープペンの先についた甘皮を、指先で灰皿にはじき落とした。そしてソファーに座り直してシャープペンの先にフッと息を吹きかけると、何かを深く考え込むように押し黙ってしまった。

 沈黙の中、ケンイチはシャープペンの先をジッと見つめている。

 「繋がり。」

 私は小さな沈黙に耐えきれず、一言つぶやく。しばらくしてケンイチが応える。

 「そうだね。繋がり。なんだと思う。結局は。」

 ケンイチはシャープペンをサイドテーブルの上に置いた。コトリと小さな音がした。その音を合図にしたみたいに、窓の外で救急車のサイレンが鳴り始める。どこかで誰かが怪我をしたのか、意識を失って倒れたのか、あるいは病状が悪化したのか、とにかく救急車を必要としている人がいる。救急隊員はその人の何かを<繋ごう>とするべく、移動を開始する。誰かの必要に迫られて。やがて、サイレンの音は次第に遠ざかって行き、雑踏の曖昧な音の塊の中へと溶けて消えてしまう。

 私は<繋がり>という言葉に思いを馳せる。エアコンの音と、窓外から聞こえて来る雑踏の音以外、私達の回りには何も聞こえてこない。

 ケンイチはソファーに座り足を組んでいる。組まれた右足は床から浮いている。浮いた右足にはスリッパがぶら下がるように引っ掛けられていて、ケンイチはスリッパを玩ぶように、ぱたぱたと揺らしている。ぱたぱたぱた。ぱた。ぱたぱた。その音は正確に3、1、2のリズムを刻んでいる。ぱたぱたぱた。ぱた。ぱたぱた。3、1、2、3、1、2、3、1、2、3…。ぱたぱたぱた。と三回音をたてた所で、スリッパは動きを止めた。それが明確な予兆であったかのように、ケンイチは話し始める。

 「コモンセンスとしての繋がりを原始的に考えるなら、動物的な繋がり、あるいは肉体的な繋がりという事になるのだろうけど。うん、それは、ちょっと安易な考え方であるようにも思えるけど、まあ、もし、そうだとするならば、その多様化の先には生産性というものが絶対的に必要になってくると思うんだ。でも、やはり、多様化するにあたって、生産、何かを生み出す、という絶対的な目的は失われてしまったのかも知れない。なんというか、多様化してゆく過程で、多様化する事自体が目的化されてしまったと言うか、もしくは、ただ単に目的を失って、多様化が一人歩きを始めたと言うか。ただ、人間が仮想世界の中に繋がりを求めるようになったのは、ただ、そこに、その為の、テクノロジーが提供されているからに他ならないんだ。それはそれ、既に存在しているものを否定することは、あまり意味のない事だと思うけどね。」

 ケンイチはここまでをしっかりと言葉を選ぶようにして、時間をかけて話した。

 私には彼の言わんとしている事の40パーセント程度しか理解出来ていないと思うけれど、大枠ではなんとなく分かるような気がした。でも、彼の言ったことに対して、自分の意見を述べられる程の言葉を私は持ち備えていない。こういう話になると決まって私は聞き役になってしまう。私はそれでいいと思っている。ただ、時々そんな私をケンイチはどう思っているのだろう、本当はもっと私と議論を交わしたいのではないだろうか、と心配になるのだけど、こういう話をしている時のケンイチはいつもリラックスした表情を浮かべているので、私は何故か安心しきって彼の言うに任せきりになってしまう。単に、私はケンイチの話を聞くのが好きなのだと思う。

 「一人の人間が、不特定多数の人間に、同時間軸で個人的な情報を発信出来る事が、良い事なのか、悪い事なのか、僕には分からない。いや、正確に言うならば良くも悪くもない。ただ、それが、戦争兵器と置き換えられたならば、やはりNOと言わざるを得ないよね。ある一つのボタンに、一人の人間の、一本の指先が触れただけで、数万人の人が死んでしまう。要するに、一人の人間が不特定多数の人間を殺すことができる兵器という物が世界に出現した時点から、多様化という概念は、ある意味で狂い始めたのだと言えるのかも知れない。そして、今やそんな兵器が世界には腐る程存在しているんだ。これは、もはや究極的なコミュニケーション手段としての戦争の域を、遥かに超えてしまっている。そうなってしまったら、それは悪と断言出来る筈だ。いや、なんだか、話が脇道にそれてしまったけど、とにかく、仮想現実において、同時間軸の中で不特定多数の人間に情報を発信して、それを無数の人間で共有するという行為が、動物的な繋がりであるとは到底思えないな。僕は。」

 そこまで言って一息置いた後「人間的な繋がりにおいては、なんとも言えないけれどね。」と付け足した。

 

 

 ソファーの上で態勢を変えると、ケンイチはサイドテーブルに置いたシャープペンを再び手に取った。

 「なんか、難しい話だけど、なんとなく分かるような気がする。」

 私はケンイチの右手の中でくるくると回されているシャープペンを眺めながら言った。

 「でも、じゃあ、画面の中から私に呼びかけて来る人は、本当にその人と言えるのかしら。私、たまにだけど、その人が実際に存在している人なのか、分からなくなることがあるの。」 

 ケンイチは右手の中で、シャープペンを器用に回している。くる、くる、くる。…くる、くる、くる。…3回、回して、1回、休む。ケンイチは正確にそのリズムを刻む。

 「サユミは正確には誰とも対峙していないんじゃないかな。君の前に存在しているのは、一つの精密機械であり、そのテクノロジーが作り上げた、仮想の世界だ。仮想の世界の中に物理的に、あるいは肉体的に誰かが存在する事はないよ。情報として存在はしても、君は感覚的にその存在を感じる事は出来ないんだ。」

 そう言うとケンイチはシャープペンを回すのを止めて、それを私の目の前にかざした。

 「今僕が君と話しながら、右手の指先で感じているのはこの一本のシャープペンシルだ。そして僕の網膜には、物体としての君の顔が映し出されている。」

 ケンイチはそう言いながら、左手の人差し指で自分の左目を指差した。

 「君が仮想世界の中で誰かの呼びかけに応えている時、君の指先が感じているのは、手元に配置されたキーでしかなく、君の網膜に映し出されているのは、ただの画面でしかない。それが、唯一君の実感出来るところでしかないんだ。そこに、繋がりを求めて何になるだろう?」

 ケンイチの瞳は私に向けられている。

 彼の瞳に私が映っているのが私には見えている。

 ケンイチは身体をソファーから起こして、前のめりになって私に身体を寄せる。そしてテーブル越しに私の腕に左手で触れて、こう言った。

 「僕たちは加速度的な多様化の中にいるけど、そしてそれはあまりにも気違いじみているように僕には思えるけど、本当は、シンプルに、こういうことなんだと思うけどね。」

 ケンイチの左手が、彼の体温を私の腕に伝えていた。その温度は、当たり前であるかのように、繋がるという事を私に教えてくれた。

 「紅茶でも飲もうか。」

 ケンイチはそう言って立ち上がると、シャープペンを持ったままキッチンへ歩いていった。

 私はケンイチの背中をぼんやりと眺めている。

*

 私はキーに触れる。そして画面の中の世界へ漂流を始める。その世界には出発点もなければ、終着点もない。そこには誰もいないし、そこでは何も起こらない。ただ、そんな錯覚を起こしているだけで、誰しもが満足出来るのなら、それはそれで、いいような気もする。

 

 結局はそういう事、なのかも知れない。

 

「指先の未来」

著 三浦宏之

 

2012年3月に発表されたものに、今回一部改訂を加えて掲載しております。  

三浦宏之  Hiroyuki Miura

 

M-laboratory主宰/ Works-Mアートディレクター/ 振付家/ ダンサー
'93年土方巽記念アスベスト館にて舞踏を始める。以降これまでにダンサー及び振付家として欧州、アジア、北米、南米、計21ヶ国45都市以上での公演に参加。
'99年ダンスカンパニーM-laboratoryを結成。’02年からはソロワークも開始しアジアを中心に国内外で上演、振付作品製作、ワークショップ活動を行う。
'10年よりアートユニットWorks-Mを開始し、これまでに9作品を製作し国内8都市で発表。Works-Mでは振付作品以外に「身体」をモチーフとした現代美術インスタレーション作品も発表、さらに'16年からはプロデュース・マネジメント業務を開始する。

'15年にはM・O・W M-Lab Open class & Workshopを開講し、国内各地にてアウトリーチ活動にも注力している。
近作は'16年横浜ダンスコレクションアジアセレクションにて上演された「クオリアの庭 Garden of qualia」、'17年M-laboratory 活動再開作品「Moratorium end」、'18年東京・岡山・沖縄の3都市で上演
「いなくなる動物」、'19年3月上演「あなたがいない世界」がある。
横浜ダンスコレクションRソロ×デュオコンペティションナショナル協議員賞受賞。東京コンペ#2優秀賞受賞。

 

 

三浦宏之オフィシャルウェブサイト

http://www.t3.rim.or.jp/~h-miura/

 

M-laboratory

http://mlaboratory.jp

 

Works-M

https://worksmlabo.wixsite.com/works-m

 

 

三浦宏之の新作公演情報とオープンクラス「からだアトリエ」・「ベーシッククラス」について以下に掲載しております。ぜひ一度ご覧ください。

M-laboratory 2020カンパニー新作 3都市ツアー公演

 

「#DAWNORDUSK」

 

作・構成・振付・美術

三浦宏之

 

出演

上村なおか

田中麻美

野口友紀

宮脇有紀

山科達生

丸山武彦

三浦宏之

 

公演日程・会場

(沖縄公演)

 6月20日(土)・21日(日) アトリエ銘苅ベース 

(仙台公演)

 7月25日(土)・26日(日) せんだい演劇工房10-BOX  

(東京公演)

 9月26日(土)・27日(日) 小金井宮地楽器ホール

 

 提携 一般社団法人おきなわ芸術文化の箱 アトリエ銘苅ベース

 後援 (公財)仙台市市民文化事業団

 制作 Re-production of performing arts Works-M

 主催 M-laboratory。

 

M-laboratory

公式サイト http://mlaboratory.jp

Facebook https://www.facebook.com/mlaboratory1999

Twitter https://twitter.com/Works_mlabo

M・O・W M-Lab Open class & Workshop

 

ダンス、演劇、絵画、彫刻、写真、音楽、etc...ジャンルにとらわれることなく、ともに動くからだを味わい、楽しむ時間。「ベーシッククラス」、「からだアトリエ」ともにダンス経験不問、高校生以上であればどなたでもご参加いただけるオープンクラスです。参加申し込みは随時受付。

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 

「ベーシッククラス」【アップダウンメソッド or 基礎テクニック】(不定期開講)

 ※ベーシッククラスは1週毎にアップダウンメソッドクラスと基礎テクニッククラスで内容が異なります。

    クラス内容詳細はM・O・W HPをご覧ください。

 

次回開講日時 2月5日(水)19:00〜21:00【基礎テクニック】

料金   1クラス 2500円

会場   小金井市立貫井北センター 北町ホール(建物2階)

※JR中央線「武蔵小金井駅」北口から徒歩11分。

(上記以降の日時・会場及びクラス内容はM・O・W HPをご覧ください。)

 

「からだアトリエ」

日時 毎週金曜 19:00〜21:00

料金 1クラス 2500円

会場 JR中央線「武蔵小金井駅」・「東小金井駅」周辺施設

(日時・会場詳細はM・O・W HPをご覧ください。)

 

申込・問合せ 

M・O・W M-Lab Open class & Workshop

HP https://mlabinstitute.jimdo.com

mail mlabinstitute@gmail.com

tel 042-316-6103 fax 042-316-6102(M-laboratory)

 

☆初めてのご参加の方のみ上記申込・問合せ先からご連絡をお願いいたします。

(2回目からのご参加は受講申込不要です。直接会場へお越しください。)

 

企画・主催 Works-M

巻末連載

 鯨井謙太郒「生活の六行」

 

 いつもの生活の中、当たり前の日常の片隅から、クリエイティブは始まっている。

 オイリュトミスト・ダンサーの鯨井謙太郒氏による「生活の六行」。今号もお楽しみください。

銭湯に良く行く

 

昔の俺はそれほどでもなかった

 

銭湯では誰もが裸になる

 

ヤクザ者であろうが社長であろうが子供であろうが老人であろうが

 

身分を脱ぎ捨て裸になる

 

皆、ひとつの湯のなかにいる

鯨井謙太郒 KENTARO KUJIRAI

 

オイリュトミスト・ダンサー。笠井叡に師事。天使館の国内外の公演に多数出演。2010年、定方まことと共にオイリュトミー・ユニット「CORVUS」を結成し、東京、仙台を中心に舞台活動やワークショップを行う。2015年、プロジェクト「KENTARO KUJIRAI コンペイトウ」を主宰し、『灰のオホカミ』(16-18)、『桃』(17)、『阿吽山水』(18)など、ジャンル以前にある「身体性の変容」をテーマにした作品を発表。また近年は、詩人、画家、写真家、音楽家、合唱団などさまざまな表現者とのコラボレーションも多く行う。ペルセパッサ・オイリュトミー団メンバー。世田谷美術館美術大学講師。第50回舞踊批評家協会賞新人賞受賞。

http://kujiraikentaro.com/

 

 

 

 

 profile photo:ONODA KEIKO

「生活の六行」image photo : Snkt

 

Re-production of performing arts

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●「国家運営の構造、そのものの限界。」三浦宏之

 三浦宏之ブログ https://h-miura.wixsite.com/dance

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